2014年12月10日

第19回 在宅ケアネットワーク栃木 開催のお知らせ


このたび、第19回 在宅ケアネットワーク栃木を開催
させていただきますのでお知らせいたします。


今回は、小児の在宅ケアです。

プロフェッショナルにも登場されたさいかち学級の副島賢和さん、地域で暮らす障がい児者の支援に取り組む戸枝陽基さん、小児の訪問看護で子どもと家族を支える梶原厚子さんと豪華な顔ぶれをお迎えし渾身の企画を立てさせていただきました。

今や、子どもを安心して産み育てるためにも、障がいを持つ子どもが地域で安心して暮らしていける社会を考えていくのは、私たちすべての願いであり祈りです。

子どもに関心のある方、在宅医療に関心のある方、
すべての方に聴いていただきたい内容です。

多くの皆様のご参加をお待ちいたしております。


当日参加も可能ですが、当日の円滑な運営のため事前登録をしていただけると助かります。

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 第19回 在宅ケアネットワーク栃木
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日 時 2015年2月11日(水・祝)10時〜15時30分(9時30分開場)
会 場 自治医科大学 地域医療情報研修センター 大講堂
テーマ 子どもの気持ちと生命(いのち)に寄り添う
    〜小児在宅ケアの今、そして、これから〜

大会長 ひばりクリニック・認定NPO法人うりずん 橋 昭彦




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posted by 管理人 at 12:31 | Comment(0) | 在宅ケア

2013年06月07日

『小児の在宅医療とレスパイトケア 〜子どもと家族の暮らしに寄り添うこと〜』公開講座のお知らせ

皆さん、いつもお世話になっております。
お知らせが間際になってしまいましたが、公開講座のお知らせです。ひらめき

NPO法人全国在宅医療推進協会主催の
無料市民公開講座に出させていただきます。


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 日 時:2013年6月9日(日)14:00〜

 場 所:世田谷区立保健センター3階大会議室
     世田谷区三軒茶屋2-53-16

 タイトル:小児の在宅医療とレスパイトケア
       〜子どもと家族の暮らしに寄り添うこと〜

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小児の在宅医療とレスパイトケアのお話をさせていただきます。
おおむね、さいたまでお話させていただいた内容ですが、
市民対象ですのでよりわかりやすくと心が得てきます。

医療的ケアだけが課題ではなく、いのちの限られたお子さんたちの生きにくさ、暮らしにくさに対して、地域でどう考え、取り組んでいくのか、会場の皆さんと考えられるようにできればと思っています


■お申込み

http://www.zaitakuiryo-yuumizaidan.com/docs/symposium/sympo20130609

申込書(PDF)で全国在宅医療推進協会までファクシミリして会場においでください。
写真が若いというウワサがあります。この写真は、HPを始めるときの
もので、実物はもう少し年を取ってきました(笑)

当日は、つるカフェの公開講座で、同窓の佐藤元美先生や古屋聡先生が
自治医大に集結されるので、後ろ髪ひかれる思いもありますが、
子どもについてもご理解下さる方を増やしていきたいのでがんばって
お話してきます。もしお時間ありましたらいらしてください。
posted by 管理人 at 10:04 | Comment(0) | 在宅ケア

2012年07月13日

「医療的ケアは受けてみないとその価値はわからない」
 海老原宏美さんのお話

素敵な女性に会った。人工呼吸器ユーザーの海老原(えびはら)宏美さんだ。2012年5月に開かれた、自立生活センターとちぎの集まりでご一緒したのである。

宏美さんは、TILベンチレーターネットワーク「呼ネット」の副代表であり、CIL東大和の代表でもある。CILは障がいを持っていても地域で自立して生きていく支援をしている権利擁護団体である。

宏美さんは、人工呼吸器を搭載した電動車いすを操り、ヘルパー(海老原さんのところでは、「アテンダント」と呼ぶ)と一緒にさっそうと現れた。カッコいい、と感じた。ぴかぴか(新しい)

いただいた講義メモをもとに、お話をまとめてみた。

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posted by 管理人 at 12:07 | Comment(0) | 在宅ケア

2012年01月16日

青空の日に

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青空の朝に


青空の朝、10年近く訪問させていただいた方が亡くなりました。

開業してすぐにお受けした方で、奥様を亡くされてから持病が悪化していました。
しかし、少し元気になるとすぐにヘルパーや訪問看護を断ってしまい、
振り返ると誰もいない状態が何年か続きました。私ももう来なくていいと
言われたこともありましたが、しばらくするとまたお願いされました。


山師をされていた男性で誰の言うことも聞きません。
入院も拒否され最期は家でと言われていましたが、まだ死にたくない、
百まで生きると何度も話されていました。

次第に病状が悪化して説得の末、ようやく訪問看護、ヘルパー、
ケアマネジャーにも関わってもらえるようになりました。チームで
関わっていただけたので助かりました。

昔話を伺い、ご本人とご家族にお疲れ様でした、と声をかけて失礼しました。
なかなかのおやじさんでした。
posted by 管理人 at 10:05 | Comment(0) | 在宅ケア

2010年04月26日

桜の季節に思うこと

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満開の桜

十数年前、宇都宮で在宅医療を始めた。
以来、季節を感じながら訪問する毎日である。

新緑の木々や秋の紅葉に見とれ、冬は雪化粧の日光連山を眺める。
季節にはそれぞれ美しい風景があるが、春の桜は格別である。
桜の枝がピンク一色になるそのとき、今年も春が来たと思う。

認知症対応のグループホームでは、今年もお花見が行われた。
希望があれば看取りまで行うそのグループホームには重度の人も多い。
歩けない人は車いすで、歩ける人にはスタッフが寄り添い、全員で出かける。
やがて満開の花の下でお弁当を広げると、いつもはトロミ食を食べるお年寄りが、いなり寿司を平らげる。いい雰囲気で食欲も進むのだろう。

お花見の日の夕暮れ時、グループホームへ診察に訪れた。車(セダン)
「どこかにお出かけされましたか?」ときくが、
ほとんどのお年寄りは「知らない」「行っていない」と言う。
認知症が進むと、数時間前、ついには数分前の記憶も忘れてしまうのだ。
桜を見るとお年寄りの顔は輝く。
その一瞬の笑顔のために、グループホームでは毎年お花見に出かけるのである。

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posted by 管理人 at 10:41 | Comment(0) | 在宅ケア

2009年09月23日

在宅ケアを支える診療所市民全国ネットワーク
全国の集い in群馬 レポート 

去る9月20-21日に、在宅ケアを支える診療所市民全国
ネットワークの第15回全国の集いが群馬県前橋市で開かれた。

在宅ケアに関心のあるおよそ1500人ほどの人が全国から集った。
15年ほど前に在宅医療に熱心な開業医たちが始めた集まりだが、
今は、多職種協働がキーワードで、在宅ケアとなり、
NPO化に際して、市民も入ったネットワークとなった。

何度も参加している集まりであるが、今年は、隣県でもあり小児の
セッションの実行委員の一人となったことから、実行委員会にも
何度か顔を出し、企画の準備もさせていただいた。
実行委員でもなければ、丸2日参加することはなかったかもしれない。
少しまとめてみた。
 
 
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posted by 管理人 at 20:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 在宅ケア

2008年12月18日

畳の上で

 先日、タマさん(仮名)が自宅で亡くなられた。92歳だった。今どきめずらしい、畳の上での最期だった。
 タマさんは旅立ちの衣装を残していたということで、三男の嫁さんがたんすの中を探していたとき、私は息子さんたちから昔の話を聴いていた。
 タマさんは戦時中に疎開のため、宇都宮の郊外にある実家に身を寄せていた。こんな田舎にもB29は来たらしく、どんっ(衝撃)空襲のときは3人の男の子を連れて防空壕に隠れた。タマさんは終戦時には臨月の状態であり、その年の8月末に4人目の男の子を出産したという。子育てのこともあったのだろうか、終戦後も実家のあるこの地域に住むようになったそうである。

 家タマさんは2年ほど前から軽い認知症があり、しばらく通所介護(デイサービス)を利用していた。今年の春になり、通院が困難になったことから在宅医療と訪問看護がはじまった。最初に訪問したとき、奥の部屋には布団がしかれ、タマさんは居間まで這って移動ができた。家族の手があるときは居間で、手のないときは布団でご飯を食べていた。
 そのタマさんの様子が急変したのは亡くなる2週間ほど前のことだった。午前1時に往診すると、タマさんは意識がほとんどなく、呼吸状態も不規則で、時々無呼吸になる。もちろん手足も動かない状態だった。頭の中で何かが起こったと思った。近くに住む家族全員と、訪問看護師と私で深夜の話し合いとなった。
 最初は入院しかない、家では看られないという話が家族からあった。状態をみれば無理もない。しかし、病院に入院すると今の状態だとまず呼吸管理が必要になる。呼吸管理というのは、気管の中に管をいれて人工呼吸器をつなぐということである。もちろん、点滴などの管も入るだろう、と伝えると、「それって延命治療ですか?延命治療なら受けさせたくない」と話があった。
 在宅医療を開始するときは、ご本人に最期はどうしたいのか聞くことにしているが、そのときのタマさんの返事は「入院はできればしたくない」だった。そのような話をしていると、やがてタマさんの息が何度も止まりそうになった。もう動かせないかもしれないと言うと、、家族のハラは決まった。延命治療を希望せず、自宅で看取る方向になった。タマさんはベッドは嫌がるということで、エアマットだけをケアマネジャーに依頼して用意した。
 2日後に訪問したところ、何も治療をしていないのに、意識と呼吸の状態がやや改善していた。今朝は水分はスプーン大2さじくらい。呼びかけには眼が開く。体も動く。すごい生命力である。
 意識があるので「もう病院にいかなくていいです、心配ないです」と耳元で言うとニッと笑われる。家族もその様子を見て笑われた。尿量が徐々に減っていた。帰り際に、慌てないでいいですと伝えた。
 しばらく往診の依頼はなかったので、1週間後に訪問をした。縁側から日がさす晴れ陽だまりのような部屋。畳の上にエアマットとシーツをしいた状態で、タマさんが休んでおられた。もう食べることも飲むこともできない。話もできない。おだやかな顔をされて、静かに息遣いだけが聞こえていた。血圧は触診で74。右の腰と左のかかとに赤み(軽い床ずれ)があるが、エアマットと体位変換によってそれ以上悪化はしていない。
 家族も落ちついてきたようで、入院しなくてよかったと言ってくださる。
 「また来ますのでその時までお元気で」と伝えると、口がひらき、かすかに、はーいと声が聞こえる。帰りますよというとまた、はーいとかすかに口が動く。笑顔だ。耳は確かに聴こえていた。
 あと10日で93歳の誕生日を迎えるはずだったタマさん。「それまでお元気でいてくださいね」と声をかけると、今度は返事はなかった。
 それから5日後。静かに、タマさんは息を引き取った手(パー)
 
 訪問看護と在宅医が定期的に入ることで、その家庭の暮らしぶりや、ご本人と家族の考えなどを知ることができる。家族の介護力や気持ち、本人の希望などもわかるようになる。もし、深夜の往診がはじめての訪問だったとしたら、家族が看れないといわれればそのまま救急車を呼んで病院へ搬送していただろう。
 しかし、訪問を開始して数ヶ月がたってからの急変だった。本人は病院へ行くことは望んでいなかった。家族は延命治療は望まなかった。あとは介護の不安だったが、少しの期間なら交代で踏ん張れそうだと思ってくださったことで覚悟ができたと思っている。訪問看護と在宅医の役割のひとつは、その覚悟を少しだけそっとお手伝いすることにある。
  
 旅立ちの衣装はたんすの奥に大事にしまわれていた。
和服に着替えたタマさんは、微笑んでいるようだったわーい(嬉しい顔)
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2008年11月18日

尿の管のはなし

 あるとき、尿が出なくなってしまったふらふら(尿閉という)人の家族から相談があった。もうすぐ退院するが、病院では尿の管をつけたまま退院させるというのである。しかし、家族はなんとかして管を抜きたいと考えていた。入院前には自分でポータブルトイレに座って用足しをしていたからである。
 退院後、在宅医療が始まった。最初に自宅へ関係スタッフが集まって話し合いを開いた。管を抜くかどうかが話題となった。尿の管は、正しくは「尿道留置カテーテル」というが、膀胱に入った部分が簡単に抜けないように、先のほうに風船を膨らます部分があるため、通称「バルンカテーテル」という。
 尿閉の原因は明らかではなかった。そのため、バルンカテーテルを管を抜いても、尿が出るかどうかはやってみないとわからない。本来、このような管を抜くという試みは、病院に入院中にやっておいたほうがいい。在宅では常に医師や看護師がいるわけではないからである。抜いたあと、尿が出ない状態が続くことになると、膀胱や腎臓に負担がかかるため、適切な間隔で尿を出さねばならない。
 では、自分で尿が出せない人はどうするかというと、一日に数回自己導尿というやり方で用を足している人がいる。脊髄損傷や神経因性膀胱という状態の人である。導尿とは、尿道孔に、その都度、清潔なカテーテルを入れて、尿の道をつくり、お腹を押したりしながら尿を出すことをいう。しかし、今回のご本人は、自分で導尿ができる人ではないので、尿がでない場合には、誰かが導尿をしなければならない。といって、一日に何度も訪問看護や往診することは現実的ではない。
 話し合いではここが問題となったたらーっ(汗)。バルンカテーテルを抜いても尿がでないときは、誰が尿を出すのかということである。導尿は医療的ケアにあたるから、医師や看護師はできてもホームヘルパーはできない行為である。本人や家族が行うことについては自己導尿という言葉があるくらいであるから認められている(と考えてよい)。家族は抜きたいという思いはある。が、入院前の生活では、日中はなるべく通所(デイサービス)に通ってもらい、夜は自分が看るという生活をしてきたそうだ。ケアマネジャーからは、これまで通っていた通所介護事業所では、自分で尿ができる人と、バルンカテーテルが入っている人は受けるが、導尿はできないという話があった。でも、家族は一度抜いてみたいという希望があり、訪問看護に家族の指導をしてもらい、ある日の夕方、その試みは決行された。
 バルンカテーテルを抜いて数日の間で、自分で尿がでたのは2度だけ。あとはずっと導尿が続いた。当初は期待もしていたが、徐々にその厳しさが明らかとなった。、導尿をするということは前をはだけるということである。細い管から少しずつしか尿は出ないので、時間もかかり体も冷える。感染の危険も高まる。家族も疲れてきた。
 ついに熱を出した。尿路感染による熱だったexclamation。やむを得ず、再度バルンカテーテルを入れて、抗生剤の点滴をして、尿路感染を治療することを最優先にした。すぐに熱はおさまり、尿も滞りなく出るようになった。にごっていた尿もきれいになった。
 家族と訪問看護と話し合い、やはり自宅で毎回導尿をすることは本人や家族に負担がかかることと、通所サービスが使えないため、長続きしないこと、食欲も落ち体力も低下しているので、ここは撤退してバルンカテーテルの留置を続けようということになった。
 
 落ちついてきた頃、訪問すると、ご本人は笑顔であった。食欲もあり、よく飲んで食べる。尿もきれいである。通所も使えるようになり家族にもゆとりができてきた。

 パンチバルンカテーテルを入れるということは、それだけで尿路感染の原因となるのも確かである。しかし、在宅でそれを抜いて自己導尿に変えることになると、自己導尿に対応してくれる通所サービスがみあたらない。短期入所(ショートステイ)もバルンカテーテルがついた状態はみるが、入れ替えや導尿はしないところがほとんどのようである。
 抜きたいけれど抜けなかったが、一度試みたことで、やるだけのことはやったという思いが家族には残った。

 宇都宮ではイチョウが色づいている。
 今後、訪問看護と連携しながら、尿路感染を起こさないようなケアを続けていこうと思う猫
 

posted by 管理人 at 00:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | 在宅ケア