
私が帰ろうとするとき、T君のお母さんは言った。
T君は、人工呼吸器をつけた子どもで、3歳のときから在宅で暮らしている。T君のご両親と会ったのは、まだT君が入院中のことだった。
「どうしても家に連れて帰りたい」という依頼を受けて私は在宅医となった。
T君の部屋の窓から大きなけやきの木が見える。夏の緑も、冬の枝ぶりも美しい。この木が気に入ってご両親はそこに家を建てた。

それから7年目のことである。
お母さんは、以前から誰もいないはずの2階でコトコトと足音がするのを聞いたり、何か気配を感じることがあった。

その日は、T君が退院以来、初めて大学病院に入院したときにやってきた。T君は、うりずんやショートステイを利用したことはあったが、退院後はずっと元気に過ごしていた。
今回は、鼻から入っている管の代わりに胃ろうという胃に直接管をつける手術を受けるために入院したのである。
T君のお母さんは、いつもT君のベッドの横で休む。
たんの吸引が必要となったときに、すぐに吸引するためである。そのため、3時間以上続けて寝たことがない。
その夜、お母さんが目をさました。いつも吸引をする時間である。
時間は午前2時半ごろだろうか。
ふとベッドを見ると、子どもが足をぶらぶらと下に垂らしてベッドの端に座っているではないか。T君の弟のI君は寝ている。
いったいあの子は誰だろう。
その子どもの姿ははっきりと見えないので、お母さんは電気をつけるのをためらわれてしばし見ていた。
やがて、朝になり、手術の終わったばかりのT君のことが気になりお母さんは病院へ向かった。何か悪い知らせと思ったのだ。
しかし、T君の術後経過は良好で元気であった。
そういえば、その子どもは、首や肩をゆらしたりしながらいかにも楽しそうにしていた。
お母さんは、その子は家とT君を守ってくれているのだろうと思っている。

「うりずん」はこのたびNPO法人になりました。
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輝きのある人生を送れますように。