
今回は、1月に開かれた在宅緩和ケア公開講座「生と死について考える」のレポートをアップします。

これは、栃木県内で在宅緩和ケアに関心のある人たちを中心にした市民団体「在宅緩和ケアとちぎ」と栃木県健康増進課、栃木県立がんセンターが主催したものです。
生と死についてあらためて振り返る貴重な機会となりました。
長文ですのでお時間のあるときにお目通しください。
会場は満員でした
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第二回栃木県在宅緩和ケア公開講座
生と死について考える
日時:平成23年1月8日14:00-16:30
場所:栃木県庁「東館」4階講堂
主催:在宅緩和ケアとちぎ・栃木県立がんセンター・栃木県健康増進課
テーマ:生と死について考える
講演1
「臨床死生学」〜死に直面しても希望をもって生きられるか〜
東京大学大学院人文社会系研究科 次世代人文開発センター上廣死生学講座
特任教授 清水哲郎さん
講演2
「医療者自身が患者・介護者になったとき−当事者体験は医療者をどう変えるか−」
獨協医科大学公衆衛生学講座
准教授 高橋都さん
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「臨床死生学」〜死に直面しても希望をもって生きられるか〜
清水哲郎さん
<死ぬこと>
それは人生で大問題
研究する人間 実際に現場にいる人 一般市民 が一緒に考えることができる話題
<死生学Thanatology>
東大は死生学をひとつのプロジェクトとしてやっている
死は、既成の学問では個別に研究されてきた
日本思想 親鸞 禅 古事記 万葉集・・・
西洋 キリスト教・・・
それを死生学としてまとめてみよう
そして、学問をまとめて社会的なニーズに対して何か言いたい
*臨床死生学とは、社会の中で医療や介護に従事する人が、
患者・家族にケアをすすめている、その現場で窓口として開かれている学問である。
医学にも基礎的な分野と臨床的な分野がある
実際に臨床応用をするときにはその場でやってみて、進んできた
臨床死生学も同じ
医師 看護師 ケアマネジャー ヘルパー などの従事者は、自分の目の前で
亡くなっていく利用者とその家族に関わるとき、自らの死生に関する理解・
価値観をブラッシュアップすし、利用者・家族のことを知る必要がある。
従事者は、社会がどのように「生き死に」について考えているかということを
理解する必要がある。
以前は1分1秒でも長く生かすことを至上にしていた
しかし、管につながれて長く生きることがそんなに大事なことなのだろうか
最期の日々をどれだけその方が充実した日々を過ごすことができるかという
ほうが大切かもしれない
長く生きることだけが大事ではない
社会の通念も変わってきている
<臨床倫理学と臨床死生学>
臨床倫理学 ケアをする姿勢が大切
倫理の中心はケアをする姿勢
相手を人間として尊重 相手の最善を目指す 社会的視点で適切に
臨床死生学 死生をどう評価しどう関わるのか
<死ぬということ>
日本語の「死ぬ」には2つの用法がある
*身体の死
「これはもう死んでいます」 例 カブトムシ この生物は死んでいる
これは身体の死を指す もう動かない
*人の死(人格の死)
「父はもう死にました(=もう居ません)」
目の前から相手がいなくなる この世にいない
今まで私はこの人と交流ができていた、でも、もう交流が途絶えてしまう
いわば「別れ」:これが人の死の実質である
ただ、この世にはいないがどこかに行ってしまった:逝く・行くとして語られる
仙台では死ぬことを「あの山に行く」ということがある
黄泉(よみ)の国へいく
お葬式では あの世へ「旅立つ」ということがある
例:今頃、師匠はあの世で名調子で落語を・・
このように、死の理解には二重性がある。
<イザナミとイザナギの話>
古事記に書かれている、イザナミとイザナギは夫婦の神である
妻のイザナミが死んだ
イザナギはイザナミを連れ戻しに黄泉の国を訪れる
イザナミは黄泉の国の入り口に出てくる
帰ってきてくれ→もう黄泉の国の食べ物を食べてしまったから・・・
でも相談してくるから中をのぞかないで
しかし、イザナギはのぞいてしまう
見るとイザナミの身体の無残な変貌をみてしまう(これは身体の死)
黄泉の国に行けば再会できる
しかし一切イザナミの姿の描写は一切ない
黄泉の国の入り口での出来事は、「口寄せ」に相当する
口寄せ:恐山のイタコのように、死者の霊を自分に降霊させて、死んだ人の
声を語る事
イザナギが入り口のところで交流したのは、イザナミの人格、そして入り口
から入っていって見たものはイザナミの身体、だったのだろう
<身体にがんがあることも同じように考えられる>
身体にがんが存在しているということ
そのことによって 私の人生が暮らしにくくなる、人生が変わって
しまうということ →2つの相がある
<命には2つの相がある>
生ける身体としての生:生物学的生命 biological life
生きる人(人格)としてのいのち:物語られるいのちbiographical life
<私たちは仲間と共に生きている>
生者の世界では、人は手をつなぎ合って生きている、ネットワークがある
死が怖いのは、その仲間、そのネットワークから切り離されて一人ぼっちに
なってしまうから。でも、そうではないと説明することもある。向こうの
世界のグループの仲間になるんだ。そうやって安定していけるんだというふうに。
旅路も、向こうの仲間が迎えにやってきて、人は安心してあっちに
いけるんだという物語が語られる お迎えがきたんだ・・・
死者の列に加わる
人間は一人で生きているわけではない
みんなの輪の中で手をつないでこそ安定して生きていくことができる
存在だと表現する
亡くなった先でも仲間がいると表現する
そうやって死に対する準備をしている
例「私もうがんばれない。あっちへ行ったらお茶沸かして待っているから」
今の友情は尊いものだと思い、やがてまたその友情は復活するといっていること
生も死も、肝心なことは、人と人のつながりによって人は支えられている
<千の風になって>
オリジナルのものと和訳は少し違う
和訳「朝は鳥になってあなたを目覚めさせる」
これでは、その鳥が亡くなった肉親という1:1の関係に思えるかもしれない
原詩「私は小鳥たちの群れが舞ってうずのように上昇する、そのうずが私」
小鳥も星も、光もきらめく雪も、この地球全体の活動である
亡くなる人は大勢。そのみんなが、小鳥や星、光や雪、そして千の風になるのである
<私たちにとって大事なこと>
死は、人としての生が断ち切られる 別れること
でも 別れるといっても一人ぼっちになることではない 仲間は向こうにもある
だから、身体は朽ち果てても、人としてのつながりの中で支えられて
居心地良くいられるんだよということ
*生きていても孤独であることがいかに問題か
<死生の評価−延命と縮命の間で>
命が延びる 命を延ばす
医療が目指すもの
QOL(生活の質)をより高く+命をより長く
両方とも改善できればそれにこしたことはない
どちらかを優先しなければならないとき
延命優先なのか QOL優先(苦しくないほう)なのか
今日一日、今日一日 その人が意味があるように
つらくないように支えていくこと
QOL優先で食欲もわき、命も延びることがあるだろう
その逆もたまにあるかもしれない
延命か死かではなく、長く生きるのかQOLを優先するのか
多くの人が抱いている価値観が少し変わってきている
最近は、最期の日々をより充実して生きるほうが本当じゃないかと
考える人が増えてきている
社会全体の考えがかわってこないと医療もかわっていかない
→ 緩和ケアの考え方の発達へ
<緩和ケアの定義>
2002年
生命を脅かす疾患に伴う問題に直面している患者と家族のQOLを
増進させようとする1つの手立てである
対象は患者だけでない 家族も含む
「患者と家族」のQOLを支えていくのが緩和ケアである
*別に、長く生かそうなんていっていない 患者さんだけともいっていない
緩和ケアは、生を肯定し、死へと向かうありかたをノーマルな過程だとみなす。
高齢者が死に向かって自然に衰えていく過程は、ノーマルであって、それを
医療的に介入することはかえって患者さんを苦しめる、と多くの在宅医はいう
<緩和ケアの論理>
死を早めることも先延ばしすることも意図しない
わざと死を早める 長く生かそうとする → しない
結果としてQOLを高める緩和ケアで長く生きることを否定している
わけではない
WHO1990年 安楽死 合法化には否定的
縮命の恐れがあっても疼痛コントロールは実行すべき
→ 疼痛コントロールが縮命を伴うことはほとんどない
例 最期に日光に行きたい
そんなことをして死期を早めても・・・
本人は行きたい
大事をとって日光に行かないこと ・・・ これは延命優先ですよね
この患者さんの今日の充実を支えるのなら、日光へいく!
最期の力を日光に行くことに使ってもいいのではないか
<死に直面した時の希望>
長く生きるばかりが能でない
人々の輪の中で支えあっていくということは、人間として大切
その方の最期の日々を希望あるものにするのは人々の輪である
孤独はその人を絶望に追いやる最大の要素である
孤独でないように支える それがその人が最期まで前向きに生きようとする
ポイントになるだろう
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医療者自身が患者・介護者になったとき
−当事者体験は医療者をどう変えるか−
高橋都さん
<栃木にきて>
独協医大に勤め始め1年半
東大から独協に移って感じていることは、より仲間を見つけやすいこと
同じような問題意識を持っている人にすぐ出会える
栃木県庁の仕事に関わることができる
顔が見える 地元で何が行われているのか見えやすいと感じている
地の利を生かして活動していきたい
<自己紹介>
もともと内科医を10年間。10年目に社会と文化という切り口から
医療を考えてみたかった
医学部で身体ばかり勉強して卒後10年身体とばかり向き合ってきた。
そしてどうも、違和感にウソがつけなくなってきた。
生きる人格としての生と向き合うには自分にはもっと多くの引き出しがいる
と感じた 東大大学院にはいった
<今日のテーマについて>
治療を受ける本人家族と医療者の関係が、その医療者がその病気に対する
体験を持っているかどうかでどのように変わるのか
家族が3年前にがんの手術をした
医療従事者はすべての病気を体験できるわけではない
だから、体験してよくわかりました、と医療従事者がいってしまったら、
それは遅いと思う
どれくらいわかっているのでしょうか
あなたのがんとほかの人のがんは違うかもしれない
そんな偉そうなことを考えてみて 家族のがんを経験したりして
<研究テーマ>
患者会に関心があった
どうして同じ体験をしている人たちはこんなに通じ合うんだろうと、仕事の
場面で思ってきたので、患者会にいろんな場面で参加した
がん診断を受けた人が、その後どのように暮らしていくのか
がん診断受けたあとの性生活、カップル関係はどうなるのか
がんの治療を受ける方家族が、働き続けるためにはどうすればいいのか
親ががんになったとき、がんを子供にどのように伝えていくのか
自分の病気を隠す親は多い どう伝えるのか
インターネットが医療現場をどのように変えていくのか
チーム医療
がんサバイバーシップ
何かあった時にその後どう生きていくのか そこに私は興味がありつづけてきた
<研修医時代につらかったこと>
医学生のときは、問題を同定して治し方を習う
治らない時にどうするのかということはあまり教わらない
1 なすすべがないときの身の処し方がわからなかった
残念ながら手の施しようがない人に自分が何もできないのに、その場に
とどまって看取らねばならないことがとてもストレスだった
2 人間のさまざまな苦悩に対して、答えを持たず、いかに無力であるか
なぜそう思ったのか
専門職は答えを持っているものだという前提が私の頭の中にあった
しかし人のさまざまな苦悩は、答えが簡単に見つからないから悩む
Aさんの苦悩に対する答えがBさんに効くとは限らない
<その後の気づき>
本人・家族と、医療者が考える「最善の策」にはおそらくズレがある
同じ家族の中でも状況によって考えには変動がある
例:今日はこう思うが、明日は別のことを思う
ズレと変動があるのがわかるのには時間がかかった
医療者はすべての専門家にはなれない
<今の医学教育>
ある大学のカリキュラムを例に
1年生で、一般教養
2−4年で、基礎医学臨床医学を一通り
4年から5年に上がるときに全国共通の共用試験がある
これに受からないと白衣を着て病棟実習には出られない
5年が主な実習の期間 6年は半分くらい国家試験対策
つまり、2−4年の3年間の基礎医学臨床医学を学ぶ
<臨床実習で身につけるべき事項>
診療の基本
一般目標 受持ち患者の情報を収集し診断して治療計画を立てることを学ぶ
1基本的診療知識に基づき、情報を収集・分析できる
2得られた情報をもとに、問題点を抽出できる
3病歴と身体所見などの情報を統合して、鑑別診断ができる
4診断・治療計画を立てられる
5科学的根拠に基づいた医療を実践できる
この臨床実習で想定しているのは、問題の同定者、解決屋としての医療者
解決してナンボ
では、問題がどうしてもわからない、あるいは、問題はわかったけども
治療のしようがないとき、残念ながら重症で慢性的な障がいが残ってしまった
とき、どうすればいいのかについては、この6年間では勉強できない
何かを教えるときには価値観が伴う
<医学教育の隠れたカリキュラム>
患者さんを第三者的にみて状況を分析する視点
専門的知識に基づく診断・治療
苦痛には対応する治療があるという前提
→これらを6年間で刷り込まれる
解決策がないときの対応は教科書に記載なし
→試行錯誤する、上司の背中を見る
専門家の向き合い方は、知識をつかった向き合い方
苦痛や問題には介入がある
医療者は問題を是正する介入者である
介入不可能な状況は未決の箱から視界の外へ
人はいつか死ぬという事実を忘れる?
現時点では有効な治療はない→国家試験ではそれでおわる
しかし、目の前で有効な治療はないとお伝えした後、どうするのか、書いていない
→これに気づいたのは卒後5年ごろ
<当事者の話>
乳がんの治療を受けている当事者にインタビューをした
自分のがんの経験をしていない専門家が、がん治療を受ける方の
「こころのケア」をすることをどう思いますか?
「人を知識で整理してほしくないですよね。・・・この人はこの箱かなあ、
あの人はそっちの箱ね、と安直に分けないでほしい。分けるとしても
後日のことで、相対して悩み事を打ち明けている相手がる間は、
その人に向き合ってほしい。」
ここまで言葉にできるってすごい。箱に分けることは鑑別診断ではないか。
がんになって眠れない人に、この人は「うつ」なのか、「適応障害」なのか、
この薬をつかってみてはどうなのか、と言われると、その人は、
「ああ私は○○の箱にいれられたのかな」と思うだろう。
これは、その人の心に向き合ってほしいというメッセージにほかならない
学生にいうのは、心のなかできっとかからないと思うだろうけれども、
これはあなた自身のこと、あるいはあなたの家族がかかるかもしれないと
伝えている
<医療者は「何もできない」ことが辛い>
介入できない状況ではもはや専門家ではいられなくなる
治すために医学的な介入ができなくなった患者さんの病室からは足が遠のく
医療者の介入者気質
<家族としての体験>
高橋さんの家族ががんになった。
それを本人から言われたとき
びっくりした 気持ちがふわーっと舞い上がっていった
ああ私平常心じゃないと思う → ボクも平常心じゃないと思う
風船がふわーっと浮いていくような気持ち。そのとき正直な気持ちを夫に
言ってもらったことで、浮いていきそうだった風船のしっぽをかろうじて
つかんで地につけて、我に返ったような感じ。
患者会に参加してよかった いろんなことを患者会の活動から得てきた
大きな病気をしたときは、なりふりかまっているときではない
意外と時間はあるしその後の暮らしも続く
再発してもその人らしく長く暮らすことをみてきた 時間はある
遠慮しないでどんどん人に助言を求める
周囲に静かに見守ってもらうこともありがたい
病院で担当のナースの人 非常によくしてくれた
彼女の正確な医療行為をみて安心感をもらった
大丈夫ですと言ってもらうこととは別に、目の前のことをきちんきちんと
やってもらうということで安心するということがわかった
手術室でナースが私に向き直って真面目な顔で私の目を見て「お預かりいたします」
と言った。ほう、と思った。とても心強かった。
さりげなく様子を見に来るナースの優しさ
<当事者であること>
体験をしていない者は永遠に体験の本質を理解できないのか
似たような体験をすれば、人は無条件にわかりあえるのだろうか?
がんになったら、がん患者、がん患者の家族は自動的に手を取り合えるものなのか
がんになっていない人
がんになった人
<当事者は一枚岩ではない>
やがて、がんになった人にもいろいろある
がんでも、肺がんと乳がんは違うだろう。乳がんの人の中にも、
乳房全摘を受けたひと 20代と70代でがんになった人は違うのでは
再発した人は がんでなくとも命にかかわる体験をした人(阪神大震災など)
人ごととは思えない
体験の種類を超えて深い共感に結びつくことはある
<医療者と当事者感覚>
医療者は、受け持つ患者さんの病気の多くを自ら経験することはない
医療者として関わる人は、体験していないからわからないと
開き直っている場合ではない
生死にかかわるときは医療者=介入者のスタンスが役に立たないことが多い
「他人事」と思うのか、「自分もいつかそうなるかもしれない」と思うのか
<医療者と当事者感覚、そして医療行為>
診断・治療・ケアの責務を確実に遂行することは重要
感情労働の従事者が患者と一定の距離を保つことも重要
しかし
生死にかかわる場面で、もし患者が「自分の心が知識で整理されている」
という違和感を抱いていたとしたら、その違和感の源を考えてみるべき
<看護婦ががんになって>
看護師の土橋律子さんが、がんになった体験から述べている。
「橋の上という安全な高みから見下ろしているだけで、どれほどおぼれている
人の苦しさがわかるでしょう。 中略
私は医療者たちにこの「命の河」に飛び込んでほしいと思います。
といっても激流に身を投げ、いっしょにおぼれろというのではありません。
自分もこの患者と同じ「おぼれる者」なのだという想像力をもってほしい
のです。」
(小笠原信之、土橋律子:看護婦ががんになって,日本評論社,2000)
<当事者について>
元東京都立大学の久保紘章(くぼひろあき)さん
当事者体験については、本当のところはわからないんだというところを
スタートラインにしています。ただ、本当のところはわからないが、
関わろうとする人はその立場に自分が立ったらと考えて関わることが
大切ではないか。
<人はいつか死ぬものだから>
気にかけてくれる 大切に思ってくれる 苦しみを和らげてくれる−
そう感じてもらえることが私たちにとってもっとも重要な勤めではないか
それは友人という立場でも医者というと立場でも全くなにも変わらない。
最期に医療者として人間に残ることはなんなのだろうか
ポーリーン・W・チェン,河出書房新社,2009
米国カルバリー(Calvary)ホスピスの院長だったCimino氏の言葉 1993年
治療・改善が望めない状況で
「non-abandonment 見捨てない」とは?
コミュニケーションを促す
相手に対して心からの関心を示す
そこにいる
約束を守る
ケアを続けることを保証する
当事者のことを理解するということは、時間をかけて本人たちが気づいていくこと
<誰かにやってほしい研究テーマ>
回復困難な状況や喪失に向き合う人が「あの人がいてよかった」と思う瞬間が
あるとしたら、何がそれを可能にしたのか
医療者に傷つけられた言葉の研究はあるが、医療者にいてくれてよかった
ということを聞いた研究はまだない そういう聞き取り調査があっても
いいのではないか
これからも栃木県で働いてきますので、よろしくお願いいたしますという
心強い言葉がありました。
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参考文献
ケア従事者のための死生学
清水哲郎・島薗進 編 ヌーヴェルヒロカワ 2010 3000円+税
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<質疑>
緩和ケア病棟担当医師より清水さんへ
病棟を担当している医師としては、死に対する受容が大事なのではないかと
いう論調もあるが、清水さんの話としては、死を受け入れることの意味や
必要性については?
清水さん
死にゆく人が目指すモデルなどありません。無気力とはいえないが、あきらめて
いる状態は、いい状態とは言えないのではないか。受容するのがいいといわれる
が、私は最期まで「俺は死にたくない!」と言い続けて何が悪いんだと思って
いる。受容して悟っている状態のほうが人間として良くて、俺は死にたくない
といっている状態は人間として良くないという価値判断があるとしたら、それは
どうだろうか。安定しているほうがその人にとってはいいと思うが、受容して
いるほうがいいという価値判断をする権利は人間にはないと思う。
目の前の生きている人生がどれだけ前向きに生きられる人生であるか、それを
支えていくのがいいのではないかと思っている。
余談だが、日本人は「死んだほうがいい」と「死んでもいい」という
言い方をすることがある。「死んだほうがいい」というと、自殺願望として
精神科の医者が出てくる。死んでもいいは受容だから良いと言う。
でも私は、「カレーがいい」と、「カレーでいい」はそれほど変わりない
と思う(会場笑)。
僧侶より清水さんへ
死の世界について思うところがある。死後の世界は僧侶でも体験できない。
死が怖いとき、その怖さをどうするのか。生前の世界と死後の世界は、
離れて描かれている図があるが、私は離れているのではないと思う。
どこかで重なり合っている、交通があるんだという感覚が日本では強いの
ではないかと思う。あの世にいても私たちとつながっているという人がいる
という安心感がある、そう思うのだが。
清水さん
仏教の仏壇の守り方などには、そのような考えがあるのだろうと思う。
宗教は必ずしも死後の世界に肯定的とは限らない。今のこの生で満ち足りて
いると考えている宗教もある。死んで終わりはいやだ、という思いが煩悩
そのものであって、そのような思いから超えられるということが本当の救い
なのだろうとその人はいいたかったのでは。
精神科医師より高橋さんへ
「死んだほうがいい」というと登場する医師です(会場笑)。
回復不可能な人がこの人がいてくれてよかったということ、大切なこと
ですが、言葉というものは、役に立つのでしょうか。どのように役に立つ
のでしょうか。我々は話を聴いてもらって楽になりましたということが
ある。私たちどうすればいいのか。
高橋さん
いや、どうすればいいのでしょう。Cimino医師がいうnon-abandonment
の中では、「そこにいる(being available)」のと、「周囲とのコミュニ
ケーションを促す」というのはすこし異質だなと思ったんです。コミュニ
ケーションを促すというのは、ご本人と家族の間のコミュニケーションを
言っているので、そこに医療者が入っていないのではないかと思った。そこ
には言葉に依存する文化がある。家族の間でも言うことが大事という文化が
あるのだろう。
私達が日本でやっていくときに、言葉がどこまでどうなのか、私もわからない。
少しずれるかもしれないが、家族も医療者も何とかしようとする前に、
なんとか癒そうとする。私が、看護師さんの正確な医療行為に安心感を得た
が、その看護師さんは安心感を得てもらうために正確にやっているわけでは
なかった。そこにいてくれる、自分では何気なく言った言葉が結果的に相手
を癒した、そういう場面はあるかもしれないと思う。
好きなお花やおまんじゅうを持ってきてくれたり、自分なら言葉で何か
言われるより、環境が快適だったり、こちらが意図したものとは全然違う
ところで効果があるものはあるように思う。あまり無理しないで、どうして
ほしい?というもの悪くないと思う。
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<感想>
お二人のお人柄がにじみ出るような講義でした。
清水さんのお話から、死には身体の死と人格の死があって、死ぬことで身体は
朽ち果ててしまうけれども、人と人との交流によって語られているその人は私
たちの中で生き続けるし、あの世にもこの世と同じような仲間がいて交流が
できると考えることで、死は孤独ではないと感じられるのは大切なことだなあ
と思いました。
高橋都さんのお話は、非常に新鮮でした。それは、在宅医療に関わっている
ものとして、病気が治らない人や障がいがある人(当事者)について考える
ことが多いからでした。確かに私たちは当事者と全く同じ体験をすることは
できませんし、本当に理解しているとは言えないかもしれません。しかし、
当事者に関心を持ち、その暮らしを想像し、気持ちの上で寄り添っていく
ことが、大切なことなのだと改めて思いました。
講師の清水さん、高橋さん、お正月明けにも関わらず多数参加してくださった
参加者の皆さん、準備、広報、会場運営などにご尽力いただいた栃木県
健康増進課の皆さん、栃木県立がんセンターの皆さん、
そして在宅緩和ケアとちぎの仲間の皆さんに感謝いたします。
文責 高橋昭彦
仙台セミナーでもご一緒させていただいた、医ケアネットのスキンヘッドです。
この辺りのこと、とても大切だと思っています。
今は、仙台川島クリニックの川島先生の「死は構成概念であり、体験できない。だからそこには尊厳など求められない(dignityとしての尊厳)。体験できるのは「尊厳ある生」のみ(dignityだけでなくsanctityとしての尊厳)」というところにはまっています。
あなたにいてほしい、という尊厳=sanctityを支援するのが、医療的ケアに携わる僕の根本かも?と思ってるところです。
いつか先生の三線で唄いたいっす。
ざんざぶろう希望です(笑)
コメントありがとうございました。このところいろんな集まりがありまして、お返事が遅くなってしまいました。
仙台ではお世話になりました。そうですね、尊厳ある死は誰も経験しえません。尊厳ある生があるだけですね。昨年、びわこ学園のT先生にお会いしたとき、障がい児はその存在自体が尊いものだとおっしゃっていました。
三線は、練習量が圧倒的に不足していて、なかなかレパートリーが増えません。完全に暗譜して歌詞もすんなり出ないと人前で歌えるものでもありません。結構奥が深いです。ざんざぶろう、まだレパートリーになっていませんので、し,しばし、しばしお待ちください(笑)。